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唐招提寺
唐招提寺境内 唐招提寺は鑑真が建立した寺院。南都六宗の一つである律宗の総本山である。759年に現在の場所(新田部親王邸跡地)を与えられ、そこを「唐律招堤」と称し修行の場として営むことになったのが始まりである。1998年に「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。
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元興寺
国宝_極楽坊本堂 元興寺は蘇我馬子が飛鳥に建立した、日本最古の本格的仏教寺院である法興寺がその前身である。法興寺は平城京遷都に伴って飛鳥から新都へ移転し、元興寺となった(ただし、飛鳥の法興寺も元の場所に残り、今日の飛鳥寺となっている)。1998年に「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。 写真の建物『極楽坊本堂』は国宝に指定されており、正面柱間を偶数の六間四面とし、中央に柱が来ている点が珍しい(仏教の堂塔は正面柱間を三間、五間などの奇数とし、正面中央に柱が来ないようにするのが普通)。寄棟造、本瓦葺の建物で東を正面として建つ阿弥陀堂建築の特色を持つ。
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大安寺
大安寺は高野山真言宗の仏教寺院である。奈良時代の大安寺は東西2基の七重塔をはじめとする大伽藍を有し、東大寺、興福寺と並ぶ大寺院で、「南大寺」の別称があった。
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薬師寺
国宝_東塔 薬師寺は興福寺とともに法相宗の大本山である。天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈願し薬師寺が建立したとされる。710年に平城京へ遷都した際、薬師寺も飛鳥から現在地へ移転をする。移転の時期は718(養老2)年のことであった。1998年に「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。 写真の建物『東塔』は国宝に指定されており、薬師寺で唯一創建当時(奈良時代)より現存している建物で、昭和に復興された西塔との違いが歴史の重みを感じることができる。2009年から2019年までこの東塔は解体修理を行っている。
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法隆寺
国宝_夢殿 法隆寺は仏教聖徳宗の総本山である。別名を斑鳩寺という。聖徳太子ゆかりの寺院として有名である。金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。境内の広さは約18万7千平方メートルで西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群である。1993年に「法隆寺地域の仏教建造物」として世界遺産に登録されている。 写真の建物『夢殿』は国宝に指定されており、聖徳太子一族の住居であった斑鳩宮跡に建立された東院伽藍の中心となる建物である。八角円堂の中央には聖徳太子の等身像とされる救世観音像を安置している。
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南都七大寺
平城宮跡_大極殿 南都七大寺(なんとしちだいじ)は、奈良時代に平城京(南都・奈良)及びにその周辺に存在して朝廷の保護を受けた7つの大寺を指す。 677年に始まる大寺制の一つで,七大寺は756年を初見とする。
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五重塔
国宝_五重塔 高さ50.1mで東寺の五重塔に次ぐ、日本で2番目の塔である。塔とは仏教の祖釈迦の舎利を納める墓標とされる。現在の建物は1426年に再建されたものである。
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興福寺_東金堂
国宝_東金堂と五重塔 669(天智天皇8)年創建で南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である。藤原不比等ゆかりの寺である。710(和銅3)年の平城遷都に際し、藤原不比等により現在地に移転し「興福寺」と名付けられ、この年を実質的な創建年としている。写真の建物は東金堂で、正面25.6m、側面14.1m、寄棟造、本瓦葺の建物である。
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東大寺
国宝_東大寺盧舎那仏像(るしゃなぶつぞう) 8世紀前半創建の華厳宗大本山の寺である。聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏があることで有名である。1998年に「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。
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二月堂
国宝_二月堂 二月堂は、東大寺金堂(大仏殿)の東方、坂道を上り詰めた丘陵部に位置する、十一面観音を本尊とする仏堂である。これらの堂が所在する一画を「上院」(じょういん)と称し、大仏開眼以前から存在した、東大寺の前身寺院があった場所である。現在の建物は1669年に再建されたものである。
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大仏殿
国宝_金堂(大仏殿) 現存する大仏殿は、正面の幅57.5m、奥行き50.5m、棟までの高さ49.1m。奥行きと高さは創建当時とほぼ同じだが、幅は創建当時(約86m)の約3分の2になっている。現在の建物は1709年に再建されたものである。
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南大門
国宝_南大門 入母屋造、五間三戸二重門で、下層には天井がなく腰屋根構造となっている。屋根裏まで達する大円柱18本は、21mにも及び、門の高さは基壇上25.46mもある。大仏殿にふさわしいわが国最大の山門である。
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西大寺
重要文化財_本堂 西大寺は真言律宗総本山の寺院。称徳天皇が鎮護国家と平和祈願のため7尺の金銅四天王の造立を発願し建立したとされる。この四天王像4体は現在も西大寺四王堂に安置されているが、各像が足元で踏みつけている邪鬼のみ創建当時のもので、像本体は後世の作に代わっている。 写真の建物『本堂』は重要文化財に指定されており、寄棟造、本瓦葺。室町時代の焼失後に再建された堂が傷んだため、修理ではなく1808年ごろ新築される。土壁を一切用いず、装飾性の少ない伝統的な様式になる。