青森県弘前市仲町伝統的建造物群保存地区
青森県弘前市仲町伝統的建造物群保存地区は、江戸時代のサムライの住まいをとどめる武家住宅が点在する地域です。
update date: 2020.08.06
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旧梅田家住宅
市内在府町に嘉永5年(1852年)頃に建てられた武家住宅です。昭和57年に寄贈を受けて現在へと移築、昭和60年から一般公開されています。式台玄関から入ると十畳のザシキへといたり、奥行きの浅く簡素な床が備わります。ザシキから奥へと縁側をもつジョイが続き、最も奥に壁で囲われて閉鎖的なネマをもちます。ジョイの脇はダイドコロです。ダイドコロの戸棚に嘉永5年の年紀をもつ墨書が残されており、この頃に建てられた武家住宅と考えられています。ザシキにも天井を張らず、茅葺き屋根を支える梁組みをそのままみせます。天井を張らない点や閉鎖的なネマやダイドコロは古風な形式です。幕末時点でも、中下級の武家住宅はこうした古風な様式をもっていたことをうかがわせます。
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青森県重宝 旧伊東家住宅
当初は弘前市元長町にあった建物です。昭和53年に寄贈を受け、現在地への移築整備を経て、昭和55年から一般公開されています。江戸時代に代々の藩医を務めた伊東家の居宅で、19世紀前期の建物と推定されます。十畳のザシキ、八畳のツギノマ、ジョイとダイドコロが田の字型に並び、ジョイの横は式台玄関をもつヒロマです。藩医の住宅であり、仲町のほかの中下級武士とは間取りが異なる点もあります。広い続き間、幅二間の大きな式台玄関、天袋と違い棚を備えた床の間の意匠、透かし彫りをした欄間などは、他の武家住宅より格式高い形式を誇ります。また現在は二階建てですが、これは後世の増築によるもので、江戸時代当初は平屋建てでした。
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重要文化財 旧笹森家住宅
もとは仲町伝建地区の北東部に立地していた武家住宅です。平成7年に寄贈を受けて、解体部材を保管、平成24年に現在地へと移築されました。この建築は随所に古風な形式をもつことが特徴です。幅1間の狭い式台玄関を葺きおろしの屋根とする点、簡素な床の形式、閉鎖的な壁面構成など、江戸時代中期の18世紀に辿る特色をもちます。宝暦期に作成されたと考えられる絵図「御家中家舗建家図」と間取りが一致することから、少なくとも宝暦以前に建てられたことがわかります。移築の際もこの宝暦期を想定した復元が行われました。江戸時代後期から明治時代にかけての伝統建築が多いなかで、旧笹森家住宅は当地で最も古い形式をもつ武家住宅として貴重です。
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青森県重宝 旧岩田家住宅
当初から同じ敷地にたつ武家住宅です。昭和56年に寄贈を受けて修理を行い、昭和58年から一般公開されています。主屋だけでなく、井戸小屋や便所などの付属屋も残ります。ザシキから眺めるツボは、つくばいや石燈籠、石組みによる鑑賞庭園が整えられます。明治時代に様式が確立される津軽地方の作庭技術「大石武学流」が完成される以前の古風な点をもつことから、明治時代以前にたどる庭と考えられます。ウラザシキは後世の改造により設けられたものです。樹木や草などカグヂの面影も伝えます。主屋は居住者の変遷などから、寛政期に建てられたと推定されています。当地のサムライの屋敷構えを伝える貴重な文化財です。