エコ・ミュージアム涌谷~箟峯寺

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涌谷(宮城県遠田郡涌谷町)は江戸時代に仙台藩の要害が置かれ、武家屋敷や寺社などの歴史ある建物が多く残る歴史ある町です。「エコ・ミュージアム涌谷」では、代表的な文化財建造物を昔の復元イラストなどで紹介しています。この絵図は明治34年に描かれた「陸前國箟嶽山観音堂名所全図」(涌谷町教育委員会所蔵)です。

update date: 2024.03.24

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Number of spots : 4spots

  • 白山社

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    間口1間、奥行1間の規模で、宝形造銅板葺き(もと茅葺き)です。規模は小さいながら、細部彫刻が凝らされます。観音堂・仁王門と同じく、江戸時代後期の天保期の類焼後、再建された建物と考えられます。

  • 仁王堂

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    仁王堂は天保13年(1842)の火災で、観音堂と一緒に焼失した後に再建されたのが現在の建物と伝わります。観音堂を建てる時の彫刻の試し彫りを仁王堂でしたという寺伝をもち、玄関部分に技巧を凝らした彫刻が散りばめられています。仁王堂が他の住坊より玄関が格式高い形式になっているのは、箟峯寺正面にある仁王門の仁王像の片方の管理を任せられていたからです。堂という格式が付くのは住坊群の中でも仁王堂と薬師堂、熊野堂のみでした。

  • 仁王門

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    三間一戸の八脚門で、文久2年(1862)に再建されたものです。四方をセガイ造りとし、入母屋造り銅板葺き(もと茅葺き)、正面に格子窓、周囲に板壁をめぐらせます。虹梁絵様は渦紋の分岐に花をあしらった幕末らしい華麗な彫刻です。

  • 箟峯寺観音堂

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    観音堂は天保13年(1842)の野火により類焼、嘉永4年(1851)に再建されたものです。正面5間、奥行6間の大きな規模で、宝造り銅板葺(もと茅葺き)、三間向拝を葺きおろします。石積基壇の上に石場建とし、床下の束高に長短があり、古来から基壇下の塚の高低にしたがう形を踏襲するといわれています。周囲は軒支輪付きの出組、繁垂木で二軒です。外観は向拝部に彫刻を凝らし、さながら彫刻の美術館のようです。水引虹梁木鼻は龍の丸彫り、海老虹梁木鼻に唐獅子、柱間に波に龍、軒唐破風の兎毛通に鳳凰、笈形に花鳥と、彫刻が埋め尽くしています。