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萩まちじゅう博物館 三見おたからマップ

萩まちじゅう博物館 三見おたからマップ

山口県萩市の三見エリアのおたからマップです。 平成29年3月時点での情報です。現在変更になっている場合もありますので、予め、ご了承ください。

萩まちじゅう博物館Posted by萩まちじゅう博物館Updated:
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三見橋(通称眼鏡橋)は山口県下で唯一のアーチ型石橋で、再現が容易でない大変貴重な近代化遺産として国の登録有形文化財に指定されています。

一里塚とは、昔の街道に一里(約4km)ごとに設置されていた、旅人のための道しるべです。藩政時代、萩から赤間関(現下関市)へ通ずる街道「赤間関街道北浦道筋」が萩より中山・三見市・床並と、三見村内を東西に横断していました。この一里塚は平成8年に復元されたもので、街道の起点である「萩」から「二里十六町(約10.4km)」、終着点である「赤間関(下関)」から「二十二里十二町(約95km)」と記されています。

文化・文政(1804~29)の頃から幕末にかけて三見村中山の街道三ツ辻(通称箕ノ越)で素焼きの人形を制作した小さな窯があった所です。

御駕籠建場とは、萩藩主一行が領内を巡行の時、道中で駕籠を降ろし休息した場所です。殿様一行が道中休息された貴重な史跡です。

玉江坂

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藩政時代、萩町から三見村へ入るのに通った山道です。

御米蔵とは、藩政時代の年貢米を一時収納及び一部保管するための倉庫のことです。収納や萩城への輸送の便宜を考慮して、各村に数ケ所設けられていました。

「昔、中山に兄弟の侍が居て、ある日、玉江の橋(追分橋)でオトナという娘をかもうた。娘の親が大層立腹し、仕返しに腕の立つ侍を雇い、この侍が街道で兄弟を待ち伏せして殺した。殺された兄弟の侍を葬り祀った供養墓が、この兄弟地蔵である。」という言い伝えが残っています。

三田八幡宮境内の大イチョウ、大クスの木には大変珍しい小さな細長い巻貝、シーボルトコギセル貝が生息しています。

樹齢約100年の大樹で、県指定天然記念物に指定されています。この木は夏に樹皮が剥がれて樹肌が赤くなるので、その様子を博打に負けて丸裸にされた男性になぞらえてこの名がついたといわれています。

公民館正面に、縦1.8m×横7.2mの大きな陶壁画があります。朝日と丹頂鶴で構成されていて、三見地域の発展を願って作成されました。作者は萩焼の陶芸作家坂達雄・第12代坂高麗左衛門氏です。

明石公会堂

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明石の公会堂は、昭和元年(1926)に明石地区27世帯の集会場として再建されました。古建築から洋風建築に早変わりしたと、大きな話題となりました。