流域の小さな物語を巡る TEGA-NUMAP

人と手賀沼のあいだで生まれた、幾つもの小さな物語。 流域を巡り、その想いに触れる地図。 @teganumap
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68件のスポット
いしい

風の音、鳥の声、木々の緑、幟のはためき…。鷲野谷の医王寺は自然と歴史の深さを全身で感じられる古寺です。その成り立ちと手賀沼との関係について、住職の八木英哉さんにお話を伺いました。 前身となる寺院は、現在よりも手賀沼に近い「薬師ボッコ」と呼ばれる地にあったそうです。「ボッコ」とは湧水がぼっこぼっこ出る場所のこと。寛正2年(1461)、この地を訪れた経誉愚底(きょうよぐてい)上人が、荒廃していた薬師堂を現在地へ移し、浄土宗として開山したのが医王寺の始まりです。 「水運が交通の主役だった時代、お薬師様への参拝後に買い物も楽しめるほど栄えていたのではないでしょうか」と八木住職。鷲野谷には今も「魚屋」「呉服屋」などの屋号が残るのがその証です。名家・染谷家との縁も深く、愚底上人が北小金に東漸寺を建立し、一時お薬師様を遷した際、染谷氏が奉侍(ほうじ)したという記録も残されています。 「お寺は故人の供養だけでなく、仏の教えを伝える場所」と語る八木住職。医王寺では毎月4日の弁栄上人忌や12日のお薬師様の縁日には法要が営まれています。ぜひ日常の喧騒を離れて、手賀沼が育んだ地に佇む古寺の懐の深さを感じてみてください。 医王寺の歴史と地域とのつながりを語ってくださった八木英哉住職。 (石井 雅子) 東光山 医王寺ホームページ
わたなべ
手賀沼は、家族と過ごした大切な記憶の場所。釣りやボート、ゆっくりと歩いた時間…その一つ一つが、今も川瀬さんの中に残っています。大人になって距離が離れたものの、地元の松ヶ崎城跡に開発の話が持ち上がった時に、ある思いが芽生えました。「地元の大切な場所を誰かが守ってくれると安心していたけれど、そうではなかった。じゃあ自分にできることは何かないのだろうか?」 「まずは知ること」と考えた川瀬さんの関心は、身近な緑地や生物から始まり、水のつながり、地域の歴史へと広がっていきました。過去を辿ることで、目の前の「不思議」の理由がわかる。「その積み重ねが楽しくて、さらに深堀りしたくなるんです!」と川瀬さん。 手賀沼を活かすとは、にぎわいを足すことよりも、流域の水系や自然、歴史を知る人を増やすことではないか。川瀬さんはそう考えています。身近な環境の豊かさに気づき、その背景にあるつながりを知れば、景色の見え方が変わります。地元小学校の総合学習や自然観察会は、その入口です。 世代を超えて、その土地に対する記憶や気づきが静かに重なっていく。その先に、これからの手賀沼の姿が見えてくるのかもしれません。 (文・渡辺れい/写真・後藤さくら) 柏インフォメーションセンター「湧水探検」
やまざき

夜空には月があり、風に木の葉がざわめく。市民バンドが奏でるケツメイシの「花鳥風月」に合わせて舞う姿を見たのが、若月仙之助さんとの出会いでした。日本舞踊という枠の中に収まらないその演目は、どこか異質でありながら、歌詞の情景が不思議と身体を通して伝わってくるようでした。 その後も若月さんは、舞踊を通して国内外へ表現を広げながら、手賀沼にまつわる物語とも向き合い続けています。完全オリジナルの創作歌舞伎舞踊劇では、藤姫伝説や手賀沼公園に植えられた被爆樹木アオギリ2世といった、この土地に根ざした題材が選ばれています。伝統的な型の中に自由な発想を重ねることで、物語はどこか今の時間とつながっていく。遠くへ開かれた表現でありながら、足元の風土にも静かに根を張っているように見えました。 若月さんは、地元を題材とした物語や芸術鑑賞会を通して日本舞踊の魅力を伝え、こども教室では次世代の育成にも力を入れています。手賀沼の記憶や風景が、舞を通して立ち上がる。舞の動きの中に、ここで生きることと表現することの重なりが感じられます。その重なりは、これからも形を変えながら、この土地のどこかで続いていくのかもしれません。 創作歌舞伎舞踊劇「藤姫伝説」を舞う若月さん (山崎 光明) 若月流二代目家元 若月仙之助さんのホームページ
はやし

春には手賀沼から作業小屋前の水路に産卵を控えたコイや雷魚が遡上し、夏にはヘイケボタルがやわらかな光を放ちます。ここには、かつて手賀沼一帯に広がっていた里山の原風景が息づいています。一歩足を踏み入れると、日常の喧騒が遠のき、静けさに包まれた別世界が広がります。小鳥のさえずりやカエルたちの合唱、風に揺れる木の葉の音――それらがやさしく心と身体に染みわたり、自然と深呼吸したくなる場所です。 東京ドーム7.8個分もある、かつて荒れ果てていたこの地も、谷津守人と呼ばれる多くのボランティアの手によって2002年から保全が進められ、生物多様性豊かな里山へとよみがえりました。この地域でもほとんど見られなくなったヘイケボタル。氷が張るような寒い冬の水辺で命をつなぐニホンアカガエル。谷津守人は、そんなかけがえのない自然を、次世代の子どもたちへ手渡したいという想いで、毎週保全活動に汗を流しています。子どもたちは田んぼで泥だらけになりながら米づくりの大変さを知り、いのちあるものの尊さに触れていきます。 未来へと受け継いでいきたい――そう心から思える、大切な場所がここにあります。(林 和史)_【URL】保全団体「あびこ谷津学校友の会」HPhttps://www.yatsu-musium.com/yatsu-musium/ 【URL】我孫子市公式サイト「谷津ミュージアム」https://www.city.abiko.chiba.jp/event/shizennonaka/yatsu_museum/goannai.html
のなか

沼や水路で小さな竿を出し、美しい魚を釣る。手軽さと奥深さで、子どもからお年寄りまで楽しめるたなご釣り。釣具店「たなきち」の店主、田中育男さんは、鳶職から寿司職人、アパレル裁断士、ビルメンテナンス・建築会社の経営者まで、多彩な職種を歩んできました。都内在住、経営者だった55歳の頃、知り合いに誘われてたなご釣りをスタート。仲間に影響を受け、道具を自作すると、精巧に作られた仕掛けが周囲から絶賛されるようになりました。 柏へ転居後、手賀沼のほとりにたなきちをオープン。店には市販品からオリジナル商品、初心者セットまで幅広く揃い、その品揃えと田中さんのアドバイスを求めて、全国からファンが集まります。「たなご釣りはお金をかけずに楽しめて、釣り人同士のご縁も広がりますよ」 田中さんの釣りは、魚のダメージを最低限に抑えるキャッチ&即リリース。長年、釣り場の状況を見るため手賀沼に通う中で、水や土壌の変化を感じ「たなごの数はぐんと減り、残念です」と言います。水質改善の議論には中立の立場を保ちつつ、「釣りをしていると自然を肌で感じ、ネットでは得られない情報も入ります。この店が、手賀沼や魚への関心を持つ入り口になれれば」。 こんなお魚です。 (野中真規子) たなきちさんが取り上げられた記事 釣りビジョン マガジン 釣り人オンライン
手賀沼100人会議
#7 丹波道草さん「きれいになった、で終わらせない」
手賀沼100人会議

子どもの頃、毎日のように手賀沼でクチボソ釣りをして過ごしていた丹波さん。汚かった頃の手賀沼も、いまの姿になるまでの経緯も、ずっと見てきました。きれいになった手賀沼を前に、いま常に自分に問いかけている言葉があります。 「この素晴らしい自然を、次の世代にどう残すか」 まずは多くの人に手賀沼を知ってもらいたい。一度訪れてみてほしい。そんな思いから、「手賀沼を中心に文化を発信すること」を始めています。多くの人にとって親しみやすい文化といえば「食」。アビシルベYouTubeチャンネルのレポーターとして、流域のラーメン店や飲食店を紹介しています。 「知る入口」を、誰もが親しみやすい形で用意することもまた、この自然を次の世代へ手渡すための、ひとつの関わり方なのかもしれません。(渡辺れい) アビシルベYouTubeチャンネル ーーーーTEGANUMA 100 とは 自然と文化が重なり合う手賀沼で“人”を通じて「知らなかったこと」を知る時間。 それが「手賀沼100人カイギ」です 昔と今、そして未来、手賀沼が繋げてくれるここにしかないストーリーが始まる。 手賀沼100人カイギ インスタグラム
#7 兼松明日佳さん「“治す”のではなく、“このままでいい”」
手賀沼100人会議

生きづらさを抱える人にとって必要なのは、変わることではないのかもしれない。自身や家族の経験を通して、あすかさんはそう考えるようになりました。我孫子で開所したのは、病院でもカウンセリングルームでもなく、ただの「居場所」でした。 何もしない、ぼーっとできる、曖昧でいられる時間。手賀沼公園の水辺や、船戸の森の中で行う対話は、少しずつ人の心をほどいていきます。 活動の根底には、あすかさんの「専門家ではなく、一人の人として関わりたい」という思いがあります。揺れる水面を眺めながら、葉がそよぐ音を聴きながら、人と人が対等に出会い直す。その関係性こそが、回復のはじまりなのかもしれません。(渡辺れい) 心の休憩処 engawaホームページインスタグラム ーーーーTEGANUMA 100 とは 自然と文化が重なり合う手賀沼で“人”を通じて「知らなかったこと」を知る時間。それが「手賀沼100人カイギ」です 昔と今、そして未来、手賀沼が繋げてくれるここにしかないストーリーが始まる。 手賀沼100人カイギ インスタグラム
#7 深山朋子さん「ごまかしがきかない土地で、人の時間に寄り添う」
手賀沼100人会議

「ただモノを売っているわけじゃないんです」深山さんはそう語ります。手賀沼畔に生まれ、水辺で遊んで育ちました。就職を経て地元に戻り、地場のお米を使った手作りおかき屋さんを開業したものの、初めはうまくいきませんでした。 落ち込んで、手賀沼の水面をぼんやり眺める日々。そこで気づいたのは、この土地の“人と人との距離の近さ”。ごまかしがきかない。だからこそ、続ける意味がある。不器用でもいい。静かに、誠実に続けること。 今では誰もが名前を知る商品に。この土地で続けるということは、人とのあいだに信頼を積み重ねていくことなのかもしれません。(渡辺れい)深山のおかき商店インスタグラム 地域NEWSサイト号外NET掲載記事 ーーーーTEGANUMA 100 とは 自然と文化が重なり合う手賀沼で“人”を通じて「知らなかったこと」を知る時間。 それが「手賀沼100人カイギ」です 昔と今、そして未来、手賀沼が繋げてくれるここにしかないストーリーが始まる。 手賀沼100人カイギ インスタグラム
#7 福田南さん「静けさが、偶然を引き寄せる」
手賀沼100人会議

南さんにとって、手賀沼の湖畔にある静けさは、ただの風景ではありません。 「心の内側を眺める時間が、セレンディピティを高めるんです」 セレンディピティとは「予期せぬ幸運を掴み取るチカラ」のこと。手賀沼で育ち、小学生の時に、環境をテーマにした市民ミュージカルに出演。保育の現場を経て、インドやチベットへヨガの修行へ。さまざまな経験を重ねたのちに、手賀沼で彼女が見つけたのは、「静寂」という価値でした。何かを足すのではなく、削ぎ落とすことで見えてくるもの。手賀沼は、そんな内省の場としての可能性を持っているのかもしれません。(渡辺れい) しらかばヨーガ ホームページ ーーーーTEGANUMA 100 とは 自然と文化が重なり合う手賀沼で“人”を通じて「知らなかったこと」を知る時間。それが「手賀沼100人カイギ」です 昔と今、そして未来、手賀沼が繋げてくれるここにしかないストーリーが始まる。 手賀沼100人カイギ インスタグラム
#7 関口隆彦さん「水辺遊びの記憶が、まちへの愛着になる」
手賀沼100人会議

子どもの頃、手賀沼で遊んだ記憶があるかどうか。ガサガサやタナゴ釣り、田んぼや水路での原体験。それが、大人になったときの「地域との距離」を決める、と関口さんは言います。 実際、水辺では、「見る」だけでなく、「触る」「入る」「釣る」「聞く」「嗅ぐ」といった多感覚の体験が起きやすく、複雑な環境のために、多様な遊びが生まれます。水辺体験は、その場所への愛着や自然とのつながり意識を育てやすいことも、科学的に報告されています。 つまり、関口さんたち我孫子青年会議所主催の「Enjoy!手賀沼」は、単なるイベントではありません。体験を経て「じゃあ自分はどう手賀沼に関わろうか」と考え、一度手賀沼を離れてもまた戻ってきたくなる、そんな愛着を育てる「場」なのです。(渡辺れい) 我孫子青年会議所ホームページ https://www.abiko-city.jp/jc/inquiry/index.htmlーーーーTEGANUMA100とは 自然と文化が重なり合う手賀沼で“人”を通じて「知らなかったこと」を知る時間。それが「手賀沼100人カイギ」です 昔と今、そして未来、手賀沼が繋げてくれるここにしかないストーリーが始まる。 手賀沼100人カイギ インスタグラム
#8 庵奈紀さん「安心して、その人らしく生きていける環境を」
手賀沼100人会議

NPO法人i&iが運営する多機能型事業所「i工房」では、利用者一人ひとりの自立や就労に向けた訓練・サポートを行っています。 その一つが、ドリップバッグコーヒー作りです。一つのバッグを作るのに、豆の選別、計量、焙煎、袋詰め、手描きのパッケージ制作など様々な工程があります。代表の庵さんは「誰でも何かしらに関われる」と考え、利用者みんなで取り組むことにしたそうです。「美味しいコーヒーを届けたい」という想いを胸に、パッケージの絵も一つひとつ手書きで描かれています。 いま、庵さんは、 誰もが気軽に立ち寄れるコミュニティ施設「Care Café i工房」の設立を夢見ています。障がいのある人だけでなく、地域の様々な人が立ち寄れる場所、どんな人も、そのままの自分でいることが許される場所。 新生児と不安を抱えて手賀沼のほとりに立ち、水面の煌めきや鳥の囀りに包まれているうちに「明日も頑張ろう」と思い直すことができた、そんな自分の経験を思い出しました。 人が安心できる場所は、特別な施設の中だけにあるわけではありません。誰かに受け止めてもらえること。ふと立ち寄れる場所があること。庵さんの挑戦は、そんな小さな安心が地域に生まれていく可能性を感じさせてくれます。(沼と人yucco、渡辺れい) NPO法人i&i ホームページはこちら ーーーーTEGANUMA100とは 自然と文化が重なり合う手賀沼で“人”を通じて「知らなかったこと」を知る時間。それが「手賀沼100人カイギ」です 昔と今、そして未来、手賀沼が繋げてくれるここにしかないストーリーが始まる。 手賀沼100人カイギ インスタグラム

手賀沼遊歩道沿いの住宅街に、クリエイティブスペース「NHUMA(ヌーマ)」があります。運営するのは株式会社C's CREATIVE代表・大坪祐三子さん。廃材や廃棄予定の素材を活かし、元空き家の平屋に新たな命を吹き込みました。 「地域に暮らす誰もが価値の創造者であれる社会を、地域の生活のど真ん中から、身の丈の経済活動で創れるんじゃないか」との仮説を胸に、生まれ育った我孫子市でC's CREATIVEを起業。「人が思いやりの生きものである限り、いつでも、いくつになっても人はクリエイティブであるはず。民藝が発祥したこの土地で、人が喜ぶことをみんなで創っていきたい」という願いを、キラキラとした笑顔で話してくれました。 毎月第3土曜日には「はじまりのマルシェ」を開催。無農薬野菜やコーヒー、生活雑貨の販売、ワークショップなど多彩な顔ぶれが集います。気軽なご近所感覚で何かを始められる「創発」の場所です。(沼と人yucco、野中真規子) 「NHUMA」ホームページはこちらまち活ライター「あびこ」みっけの記事はこちらクラファン「ForGood」実行者インタビューはこちら ーーーーTEGANUMA100とは 自然と文化が重なり合う手賀沼で“人”を通じて「知らなかったこと」を知る時間。それが「手賀沼100人カイギ」です 昔と今、そして未来、手賀沼が繋げてくれるここにしかないストーリーが始まる。 手賀沼100人カイギ インスタグラム
#8 草場勇介さん「18歳で未来をあきらめさせない」
手賀沼100人会議

不登校を経験してきた通信制高校に通う子どもたちの3割は、進路が決まらずに高校を卒業していきます。所属を失った子どもたちは社会的に孤立し、結果的に長期的な引きこもりになることも。 NPO法人キャリアbaseは「18歳で未来をあきらめさせない」というミッションのもと、これまでになかった、個別伴走をしながらの就労支援やキャリア教育、居場所作りを行い、社会に出るためのサポートをしています。 代表の草場勇介さんは自身の生活の場でもある手賀沼周辺エリアを、「日本中で1番、社会課題が解決しているまちに。自分の子どもたちが大人になった時に『この地域に生まれて良かった』と思ってもらえるような地域にしていきたい」と熱く語りました。(沼と人 yucco、野中真規子) ⭐︎ただいまクラファン挑戦中!⭐︎キャリアBASEホームページ:https://career-base.jp/for-next株式会社ホームページ:https://for-next.jp/ ーーーーTEGANUMA100とは 自然と文化が重なり合う手賀沼で“人”を通じて「知らなかったこと」を知る時間。それが「手賀沼100人カイギ」です 昔と今、そして未来、手賀沼が繋げてくれるここにしかないストーリーが始まる。 手賀沼100人カイギ インスタグラム

hamiiiで販売する紅茶はネパール東部にあるゴルケ村で採れたもの。この村では、暮らしの営みの一部として、収穫から製茶まで、茶葉に触れる全ての工程を手作業で行っています。紅茶の販売をとおして現地の若者とパートナーシップを組み、独立を支援するなど、ネパールが抱える社会的課題の解決にも取り組んでいます。 「ネパールの風土に育まれた紅茶を片手に、現地の背景を感じてもらえたら」と主宰のkahoさん。自然と人の手が生み出す美しい循環の中で生まれる佳いものの価値を、日々の暮らしの中で伝えていきたい。 そんな思いで量り売りをし、「手に届ける」を大切にしています。大量生産とは対極にある、その在り方は、手賀沼周辺の雰囲気とどこか似ているようです。(沼と人yucco、野中真規子) hamiiiブランドコンセプトはこちら ーーーーTEGANUMA100とは 自然と文化が重なり合う手賀沼で“人”を通じて「知らなかったこと」を知る時間。それが「手賀沼100人カイギ」です 昔と今、そして未来、手賀沼が繋げてくれるここにしかないストーリーが始まる。 手賀沼100人カイギ インスタグラム

カモメ不動産の中村俊明さんは、育ち親しんだ我孫子の空き家問題を地域課題と捉え、解決に向けて積極的に取り組んでいます。以前は大手企業に勤務していましたが、日々の仕事を通して、ただ不動産を扱うのではなく、育ったまちの記憶や、そこに暮らす人の想いに触れながら、次の使い道を一緒に考える仕事がしたいと考えるようになったそうです。 その後、一念発起して独立。我孫子市役所へ向かう坂の途中にある築55年の長らく空き物件だった建物に可能性を感じ、事務所として活用し、カモメ不動産を設立。我孫子市では全体の約3分の1しか、まちとして形成していくエリアである”市街化区域”がありません。一方で、その限られた市街化区域内で空き家が増え続けています。中村さんは、「活用したい人」の想いを「物件所有者」へ繋いでいくことで、まちに眠る空き家を掘り起こすことに奮闘しています。 所有者の「想い」を受け止め、次に使う人の希望に伴走する。効率や規模だけでは測れない、丁寧な仕事です。一つ一つの「声」に耳を澄ませるようなその取り組みは、穏やかで静かな手賀沼を見下ろすこの場所だからこそ、可能になっているのかもしれません。(沼と人yucco、渡辺れい) カモメ不動産ホームページーーーーTEGANUMA100とは 自然と文化が重なり合う手賀沼で“人”を通じて「知らなかったこと」を知る時間。それが「手賀沼100人カイギ」です 昔と今、そして未来、手賀沼が繋げてくれるここにしかないストーリーが始まる。 手賀沼100人カイギ インスタグラム
6月のイベント
◎毎月第3日曜日「ミライいのち池の生きものとお話ししよう!」 9:30-12:30 集合:ミライいのち池 前半:観察会(500円/1家族) 後半:ワークショップ(500円/1家族) 保険代とレンタル料含む ◎毎月第4日曜日「ヌマギワに生きもののすみかを作ろう!」 10:00-12:00 集合:ミライいのち池 2,000円/1家族 保険代とレンタル料他含む イベントURL:https://teganumaweekend.com/about-us/numalabo/ 参考URL:第3日曜日の様子を紹介する記事
6/20-21,27/28「ホタルの夕べ2026」
6月のイベント

詳しくはこちら ※場所の詳細は主催者に確認をお願い致します。 ※駐車場はありません。公共交通機関を使うなど、主催者の指示に従って下さい。
うなぎ

お使いのブラウザは動画の再生に対応していません。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 江戸の昔、手賀沼のうなぎは「青」と呼ばれた。上質な身と焼いたときの香りが格別で、明治天皇にも献上された。やがて環境の変化とともに姿を消したが、我孫子にはいまも9軒の鰻屋がある。老舗の宇田川さんで修行した職人たちが、独立してそれぞれの店を構えた。組合があるわけではない。けれど、店同士のゆるやかなつながりの中に、この町の鰻文化は息づいている。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 天王台の「うな志ん」は、我孫子で二番目に新しい鰻屋だ。店主の伊藤秀明さん。家族の特別な外食は、いつもうなぎだった。40年ほど前、うな重は1,000円台で食べられた。こどものころ通ったその店は、もうない。 京都で料理の修行を積み、函館で鰻に出会い直した。土用の丑の日、料理長がひとりで何百本もの鰻を捌くのを横で見て、自分もやらせてもらって何かが変わった。 我孫子に戻り、開業して4年。1日に焼けるのは数えるほど。骨抜きにじっくり時間をかけ、串を打ち、炭火の前で、鰻と呼吸を合わせる。「手間ひまをかけることで、体に届くエネルギーが変わる」と伊藤さんは言う。 いまうなぎはハレの日の食べ物になった。「お祝いの気持ちで、いっぱいサービスしたい」と伊藤さんは笑う。小暮やさんとは同世代で、開業のときにアドバイスを頂いた。そういう縁が、この町の鰻屋をつないでいる。 今回、頂いた鰻は、ご飯のあまみと鰻の脂がじんわり届いて、より美味しく感じた。米を山形の「雪若丸」に変えたという。手賀沼産のうなぎが食べられる日を想いながら、きょうも一匹ずつ焼いている。 (中村祥一) うな志んホームページ
食べる

手賀沼の干拓の記憶を今に伝える旧井上家住宅の隣に、和Cafe TSUMUGIはあります。木の温もりに包まれた和モダンな空間には、私たちがどこかに置き忘れてきた「ゆっくりした日常」に触れ直すような、穏やかな時間が流れています。まるで昔からここに在ったかのようです。 この場所を営む長田貴行さんと佐々木美保さんは、旧店舗を立ち退きをきっかけに紹介された、この場所を気に入って移転してきました。旬の恵みや地元の食材を使った野菜たっぷりのワンプレートは、仕入れによって姿を変え、調味料までも手作りされているほど手間を惜しまない一皿です。スパイスの調合にこだわっている私も思わず唸ってしまうほど。 マルシェや地元の方による講座なども開催されていて、地域交流の場にもなっています。畳のスペースで我が家のように過ごす家族連れの姿を眺めていると、急がなくてもいい時間の中に、人と土地との静かな関係が息づいていることに気づかされます。ふと毎日をこんな風に過ごせたら、そんな思いを持たずにはいられませんでした。(山崎 光明) _【店舗URL】https://wa-cafetsumugi.com/

北海道の実家では山や川に囲まれ、四季を身近に感じていたというオーナー夫妻の奥様・吉田るみ子さん。「手賀沼に導かれたのかもしれませんね」と語る吉田さん夫妻は、2013年、自然を眺めながらゆっくりくつろげる場所として、柏市箕輪の地にカフェをオープンしました。 偏食気味なときに筆者が注文するのが「おまかせランチセット」。1日の野菜推奨摂取量350g分をとれるようにと、たくさんの野菜が使われています。訪問した日のランチでは、大根の皮のきんぴらのシャキシャキした歯応えにホッコリ。アジの南蛮漬けは、骨まで食べていただけるようにと2度揚げされ、カリフラワーのポタージュは裏の畑でとれた野菜を使っているとのこと。 吉田夫妻の温かいオモイもいただけるような、手賀沼のごとく懐の深いカフェです。(石井 雅子) 【店舗URL】http://tegacafe.web.fc2.com/
買う

手賀沼流域を歩いていると、ふと視線の先に、細長く続く田んぼの奥行きに気づくことがあります。水と林が近く、田んぼと樹林が切れ目なくつながっている場所。エグチライスファーム代表、江口さんが出会ったのは、そんな「谷津田」の風景でした。この場所では、毎年サシバが姿を見せます。田んぼでカエルを捕らえ、すぐに近くの木立へ戻れる谷の幅。人がつくってきた農の風景が、結果として鳥の暮らしとも重なっていたことを実感できる場所です。 江口さんは、この谷津田のあり方を知ってもらい、関わり続けることを選びました。日々の風景を写真で伝え、農業体験を開き、人が田んぼに足を運ぶ機会をつくる。そして近年、この場所で栽培期間中に農薬を使わない稲作にも挑戦しています。 サシバの名を冠した米「サシバ・ブラン」は、そうした関わりの延長に生まれました。米として食べられ、マッコリとして醸されることで、谷津田の風景を守ることが、“商品”というかたちで私たちの暮らしとつながります。田んぼ、鳥、人。どれか一つを主役にするのではなく、関係そのものを続けていく。エグチライスファームの取り組みは、手賀沼流域での農のあり方を問いかけているようです。(渡辺れい) 【関連URL】エグチライスファーム サシバ・ブランとは サシバ・ブランの紹介記事(朝日れすか)サシバ・ブランの紹介記事(まちっと柏)

園主の河野洋徳さんは、少年時代をフランスや韓国で過ごし、帰国後は我孫子で暮らしました。自然豊かな環境は、彼の感性の土台になっていたそうです。大人になり、飲食店を多店舗経営し多忙を極めていた頃、ふと心に浮かんだ「天然はちみつのパンケーキ」が、養蜂を始めるきっかけでした。庭先で独学の試行錯誤を重ねるうちに、意識は次第に「5人の子どもと過ごす時間」や「限りある命で本当にしたいこと」へと向かい、養蜂家の道へ。一度は都内に拠点を移したものの、再び我孫子へ戻ったのは、手賀沼周辺の豊かな自然が、心に残っていたからでした。現在は、はちみつの採取・販売、イベント参加に加え、2025年には区画貸しの市民養蜂園「Hachi Base」を開設。養蜂をより身近なものとして体験できる場づくりにも力を入れています。「みつばちは本来、穏やかな生きもの。眺めるだけでも心が和らぎますし、生物多様性の維持にもつながります。養蜂やはちみつのおいしさを体感してもらって、“一家庭に一養蜂箱”が当たり前になるといいですね」見学は随時募集中。みつばちの羽音に耳を澄ませながら、深呼吸したくなる時間が、ここにはあります。(野中真規子) 【URL】https://www.instagram.com/abiko__apiary/

日秀の畑で育った小麦が、石臼の上でゆっくりと粉になっていく。小麦を育てるのが天候に左右されるのはもちろん、それを挽いて粉にするのも、日によって時間を変えるほど繊細な作業です。その小麦から生まれる品々は、ピタパンサンド、おやき、蒸しまんじゅうなど、季節ごとに姿を変えます。「石臼と麦」店主の相澤翼さんは我孫子出身。東京での暮らしを経て、農業を始めるのをきっかけに、妻の琴美さんとともに自然の豊かさと住みやすさの間にあるこの土地へ戻ってきました。野菜農家は多いからこそ、あえて小麦を選んだといいます。米についで食卓に欠かせないのに、輸入に頼る印象が強かった作物を、自分の手で育ててみたいと思ったそうです。湖北台にある夫婦二人三脚で営むお店は、我孫子でも美味しい小麦が育つことを知ってもらい、自給農業に興味を持ってもらえたら、という想いで営まれています。二毛作で育てている小豆を使って作ったごまあんまんに、私は惚れてしまいました。食べて大地の恵みを感じる。そんな体験は多くありません。それを小麦から感じるとは思ってもいませんでした。体の奥にすっと風が通るような感覚に、自分が生きていることをふと実感しました。(山崎 光明) ホームページ https://mugioyatsu.com/index.html
体験する

「手賀沼は人がくつろぎに来る場所。親水公園でそば祭りを開くこともあります」と話すのは、将門そば道場代表の星崎輝夫さん。 原点は、北海道の実家でお母さんが栽培し、打ってくれたそばでした。定年後に市のそば打ち教室に参加したことを機に技術を磨き、「そば道段位」の上位段を取得。現在は我孫子市日秀で道場を運営し、指導にも力を注いでいます。会には約40人が在籍。仲間とのつながりを原動力に、20年近く続けてきました。 生地を捏ね、麺棒で薄く伸ばし、1本1本切るそば打ちの動作はかなりの運動量。力加減ひとつで形が変わる様子に目を奪われます。打ち立てをいただくと、歯応えと香りの豊かさに驚きました。 「将門そば」は、在来種ならではの甘みとのどごしのよさが特徴。近隣農家から世話を頼まれた休耕地でそばの栽培も始め、畑は7面に広がりました。手賀沼と利根川に挟まれた地は、風通しや土壌の条件から栽培に向いているそうです。 そば打ち体験は、随時参加者募集中。栽培・収穫・製粉から打ちたてを食べるまで、そばの一生を体験できる「栽培プロジェクト」も開催中です。そばとともにある暮らしを広げたい。星崎さんの歩みはこれからも続きます。 (野中 真規子) ※写真の方は会員の渡辺優さんです。

乗馬競技日本一の経歴を持つ吉永さんは「誰もが生きやすい社会に」との思いで、馬を活用した教育やセラピー、企業研修を展開。「オルタナティブスクール ラ・ルース」では学校に行かない選択をした子どもや障害を持つ子どもたちを受け入れ、馬の世話や乗馬などを通して体力や自立心、思いやりの心を育みます。マルシェの開催や地域イベント参加など社会経験を積む機会や、手賀沼でのエビとりや散歩で自然を感じる時間も。生きていくためのルールや配慮はしっかり教わりながら、自分のペースで過ごす子どもたちの表情からは「ここに居場所がある」という安心感が伝わります。馬は元競走馬を含む9頭。大人向けのホースリトリートも好評です!(野中真規子) 【URL】https://ecfolas.com/
知る

新緑が眩しいゴールデンウィーク、白装束の人々が列をなして歩く姿を見たことはありませんか?これは旧沼南町を中心とした東葛地域で約200年続く「東葛印旛大師」という巡礼行事です。弘法大師(空海)を祀った厨子を各村々へ順に送り届けることから、「送り大師」とも呼ばれています。毎年5月1日から5日間、四国霊場を模した88の札所と16の掛所を巡拝。その規模は四国以外では国内最大級を誇ります。この壮大な行事の始まりには、高柳村の大久保氏と長全寺の住職が主導的な役割を果たしたと伝えられています。 各地の巡拝行事が衰退するなか、送り大師はなぜ存続しているのでしょうか。その理由は札所の場所から読み解くことができます。手賀沼流域や大津川沿いに点在する札所は、かつては村同士の情報交換や交流の場でもありました。また、真言宗に限らず他宗派の寺社も札所に含まれるなど、寛容なネットワークが築かれています。宗教の枠を超え、地域全体を「大きなコミュニティ」として緩やかにつないできた絆。それが、今もなお大切に守り継がれている理由といえるのではないでしょうか。 (石井雅子)(写真提供・撮影:鈴木清之氏) かしわグリーン観光社YouTube動画「200年続く巡礼「送り大師」を体験する旅|柏市」https://youtu.be/wOMWNl6zWk8?si=dtrE4FKk1pJyqD-F 准四国八十八ヶ所東葛印旛大師巡拝(送り大師)公式サイトhttps://sites.google.com/site/tokatsuinbadaishi/home

手賀沼南岸に突き出した台地上にある鷲野谷。その低地には、手賀沼と繋がる谷津が入り込み、古来より豊かな稲作地帯が広がっていました。近世には「染井入落し」とよばれる水路も整備されるなど、水利に恵まれたこの地で指導的な役割を果たしてきたのが名家・染谷家です。 染谷家は中世、平時は鷲野谷村に在住して農耕に従事し、戦の際には軍役を負担する土豪として、小金大谷口城主・高城胤則に仕えていました。しかし天正18年(1590)、秀吉の小田原合戦で主君が敗北すると、運命は一変します。主君から「百姓になるもよし、他家へ仕官するもよし、家族を養うことを大切にせよ」との書状を受け取った染谷二郎右衛門は、鷲野谷での帰農を決意。以来、江戸時代は名主、明治以降は村長として、長くこの土地を支えてきました。 現在の「染谷家住宅」は、江戸後期から明治時代に建築された8棟の建物が国登録有形文化財となっており、4年に及ぶ大改修を経て、令和6年秋に一般公開が始まりました。最近ではテレビドラマのロケ地としても注目され、今もなお、地域のランドマークとして圧倒的な存在感を誇ります。手賀沼散策の際には、ぜひその歴史の息吹を感じてみてください。 (石井 雅子) ※毎週日曜日に一般公開中!! 染谷家住宅HPはこちら
かな&ゆう

SUPで手賀沼に漕ぎ出すと、一気に喧騒から離れ、空の広さを全身で感じることができます。人の暮らしと自然の近さ。それが手賀沼の魅力だと、てがぬまパドルクラブ代表の立石まさみさんは話します。 海や川、湖など、さまざまな水辺でたくさんの人と”楽しい”を分かち合ってきた立石さんが、手賀沼で体験してほしいのは、遊ぶ”楽しさ”だけではありません。「せっかく近くにあるんだから、”恐さ”も知れたらいいよね」。その言葉には、”恐さ”を知った上で”楽しく”関わってほしいという思いがありました。 取材の日、小学生たちはメガSUPからかわるがわる飛び込んで大はしゃぎ。そんな小学生を見て、私も自分が初めて沼に飛び込んだ時の事を思い出しました。学校のプールとは水の量も、色も温度も違います。濁ってて底は見えないし、でも足には藻のようなフワフワした物が触れる。思ったより水が冷たいこと、体が重くてボードに上がれないこと、帰りは風で進まないこと。 この手賀沼の”恐さ”と”楽しさ”は、この子たちにどのように記憶されるのだろう。私ももちろん恐かったけれど、友達と飛び込んだ手賀沼はとても楽しかった。 ”汚い””恐い”も知った上で、また遊びに来てくれたらいいなと、立石さんの想いに触れて私も思うようになりました。 立石まさみさん(手前中央) (文・かな/写真・ゆう) 立石まさみさん紹介記事(チイコミ!) てがぬまパドルクラブ紹介記事(柏インフォメーションセンター) てがぬまパドルクラブ 体験申込 手賀沼クリーンアップ大作戦(奇数月第3土曜日) 参加申込
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都内からもお客が訪れる手賀沼畔のカフェを閉じ、昨秋、あさみさんは古民家周辺を「コモンズ」としてひらきました。中世から続く集落のなかで、手賀沼を見渡す畑から斜面林、古民家、水田、流入河川までがひと続きにつながる土地です。そこを歩きまわるうち、ヨモギやウグイスなどのなんてことない草や鳥が、この土地に残された豊かさとして見えてきたといいます。 変わったのは、自然の見え方だけではありません。「最近元気がないおばちゃんに、『まだまだ教えてほしいことがいっぱいあるんだよ』って言うと、シャキッとするんです」。長くこの土地に息づいてきた知恵や技が、次世代に受け渡されることで、ふたたび息を吹き返していく。そんなやりとりが、この場所にあたらしい風を生んでいるようです。 都会で日々に追われる人たちがここへ来て、農作業や味噌仕込みなどで体を動かし、手を使い、目の前のことに集中する。「それって“禅”ですよね」と、あさみさんは笑います。遠くへ逃れるのではなく、足元にある自然や営みにふれて、自分の感覚を取り戻していく。踏みつけられていた草が宝に変わるように、見過ごされていたものたちが、静かに価値を取り戻しはじめています。 (渡辺 れい) 5/10鷲野谷マルシェが開催されます。詳しくは鷲野谷コモンズInstagramまたは「5月のイベント」ピンから! 鷲野谷コモンズinstagram ※個人宅です。イベント時以外の立ち入りは厳重に謹んで下さい。

北側に斜面林を背負い、南側に水田と手賀沼を見渡す土地に惹かれ、この地で暮らし始めた富沢さん。ちょうど定年を迎えていたこともあり、この豊かな環境の中で何か活動できないかと考えていた時に出会ったのが「手賀沼トラスト」でした。当初は限られた農地で有機無農薬農業を実践する「農教室」だけでしたが、現在では、お困りの農家さんを見かねて請け負った遊休農地の活用や、根戸城址の雑木林の手入れまで活動が広がっています。そんな広大な面積の管理も、毎週50人ほどが集まり、手際よく進みます。ベテランから新人まで粒ぞろいの顔ぶれ。手押し耕運機をうっとり眺める、よちよち歩きの男の子の姿もあります。農家でも地主でもないNPOだからこその関わり方で、見えない境界で区切られた土地をパッチワークのようにつなぎ合わせています。そこでは、メンバーそれぞれの「好き」を活かしたさまざまな活動が生まれ、どこかに自分の居場所を見つけることができます。このコモンズがいつまでも続いてほしい——「義を見てせざるは勇無きなり」から始まった富沢さんの思いは、手賀沼のほとりで、人と土地をゆるやかに結びながら、静かに広がり続けています。<関連URL>手賀沼トラスト ホームページ https://teganuma-trust.org/手賀沼の案内人No.53(2022年8月) https://teganumaweekend.com/report/guide_053/チイコミ(2023年10月) https://chiicomi.com/press/2030257/

ゆっくり呼吸しながら、体を少し動かすだけで、心が落ち着き、体はどっしりと安定してくる。我孫子市内で開かれている「しらかばヨーガ」は、インド伝統的ヨーガに現代医学を取り入れたクラス。体操、呼吸法、瞑想法を通して、心と体の両方に働きかけます。主宰の福田南さんは我孫子市出身。幼少期からバレエやダンスに親しみ、体を動かすことが好きでした。社会人になり、スポーツジムでヨガをはじめると「ポーズだけでは物足りない」と感じ、歴史や哲学、人体の仕組みまで学べる講座へ。標高5000m級でのヒマラヤ修行も経て、深い学びと実践を重ねてきました。現在、クラスに通うのは30代から60代の男女。南さんは正解を教えるのではなく、参加者が自分の心や体を観察し、気付きを見つけられるよう寄り添います。保育士や、企業でのヨガ講師の経験も活かし「子育てや仕事を頑張りすぎている人が、力をゆるめる時間になれば」と話します。手賀沼のほとりを、犬と散歩する時間もヨガの実践のひとつ。「自然を感じることもヨガ。手賀沼にいると、静かなパワーを感じられます」。1人の心と体が整うことが、やがて世界の調和につながるーーそんな願いを込めて、活動を続けています。(野中真規子)https://yogabyminami.com/



































